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失せ物探し

 空を見上げるのが好きだった。雨音を聴いているのも好きだった。そんなことも忘れるくらい毎日が忙殺されて、いつの間にか私の日常は私のものではなくなっていた。仕事に追われ、ストレスに追われ、時間に追われ、ただ歯を食い縛って日々に追われて、そのうち自分を守る為に無感情に徹することを覚えた。自分の好きなものもやりたいことも、自分自身のことですら、何だかよく分からなくなった。季節が流れていることにも気付かずに、何枚ものカレンダーが破られていった。

 貴女は色々考え過ぎなのよと年配の知人に笑われた日、ほんの少しだけ自分を思い出した気がした。頭の中からずっと離れないどうにもならない筈の幾つもの事案を、兎に角乱雑にダンボール箱に突っ込んで、頭の外へ放り出した。確かに私は二十四時間、夢の中まで只管何かを考え続け、けれどもそれが解決することはほぼほぼなくて、徒に神経を摩り減らしているだけだった。

 久々に訪れた以前お気に入りだった場所は、偶然にも桜が満開だった。愛犬が幼い頃にまだ若木だったそれら達はそれなりに成長し、綺麗なピンク色のトンネルを作っていた。あぁ、愛犬も連れて来れば良かったなあと思いながら、何度かシャッターを切った。空が青い。それだけで何となく救われた気分になる。風の匂いを思い切り吸い込んで、ゆっくりカタルシスされていく。こんなに簡単で単純なことなのに、何処に置き忘れているのだろう。気持ちを強く保つ、なんて今の私にはまだ若干難しいけれど、失くした自分を取り戻すことが出来るよね?近頃お気に入りのチーズオニオンブレッドとアボカドのサンドウィッチを購入して帰宅した。愛犬と共に窓から見上げる空はやはり青くて、普段は飲まない甘い甘いミルクティーが心に染みた。